じゃ蕎麦でも打っておくか、という愛情表現


正月の宴。
締めくくりで手打ち蕎麦が出てきた。



我が父は昨年から蕎麦打ちに凝っている。
私が久々に帰ってくるということで、正月早々から打ったらしい。


本当はお節やらオードブルやらでお腹がいっぱいだったのだけれど
「蕎麦は食べて帰るのかなぁ。もうお腹いっぱいかな、ならいいんだけどね。でも今回はとても上手にできていると思うんだー」
って言われたらさ「いらない」とは言えないよね。


ということで
さっぱりざる蕎麦にしていただきました。



やるな、父。
回数を重ねるごとにうまくなっている。




こういうの、なんか胸を打つよーーーー。



言うことはけっこう手厳しい父だけど、それは図星だからだもんね。



甘くてただ優しい手触りの言葉をかけてくれるんじゃなくて
「うまいものを食べさせてやりたいから蕎麦を打っただけ」みたいなことされるとさ
ずるいな、って思う。


態度で示すっていうか
行動で表すっていうか。


思ってくれてるってことだもんね。
楽しみにしていてくれてたってことだもんね。




私は言葉を扱う仕事をしているけれど
大事なことを伝えるときこそ
言葉で表現する、ということ以外の方法が
響くんだろうなぁと思う。




「あと5秒茹でるんだよぉ?」
「氷水は準備できた?」
「こっちに置いた方が水切りしやすいんじゃない?」
「違う違う、それはここ」
小競り合いをしながら狭い台所で蕎麦を茹でている両親を見て
微笑ましくていいなぁと思った。



何気ない日常の中にこそ
幸せってあるんだな。


そういうことを
描いていきたいな。







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