サムギョプサルな宵の口《minimum story》
サムギョプサルが好きだ。
軽快な音を立ててはぜる豚肉の脂、温まった酸っぱ辛いキムチ、焦げ目のついたニンニク。
ぶたのキャラクターが描かれたTシャツの袖をまくりあげたお兄さんが、素早く豚肉をカットし鉄板の上に重ねていく。
肉とキムチと辛みそのバランスをどうしてやろうか。
今日は贅沢に2枚いっぺんに巻くのもいいな。
私はちらりと向かいに座っているヒロシくんの顔を見た。
真剣なまなざしで箸を操り、慎重に具材を選んで、手早くサンチュで巻いていく。
大きな手の平に広げた緑の中に、香ばしいキツネ色の肉、朱色のキムチ、栗色のニンニクが包まれていく。
巻いては食べ、食べては巻き、そしてまた次のサンチュに手を伸ばす。
そのテンポの良さに、手際の良さに、私の手が止まる。
とっても美味しそうに楽しそうに食事をする人だな。
そういえば、さっきから会話は止まっている。言葉を発することすら惜しむように、ただただ口の中に放り込んでいく。
「どした?」
私は首を横にふり、下を向く。
口元ばかりを見つめすぎた。
どうしよう。変に思われたな、きっと。
でもどうして今日なんだろう。どうして今日、サムギョプサルなんだろう。
せっかく春らしいオフホワイトのワンピにしたのに、どうしてこの店なんだろう。
匂いもつくし、シミがついたらやだし。
ニンニク臭くなるのもな。
ちょっと、いや、かなり落ち込んだ。
もっとおしゃれなお店に連れて行ってくれると思っていた。
だって、デートだよ?
初めてふたりでのお出かけだよ。
やっぱり脈がないのかもな。
もし私のことを好きで、これから付き合いたいと思っているなら
もっと違うシチュエーションのお店を選ぶよね。
イタリアンとか、夜景がうりのレストランとか、港までドライブして湾岸クルーズとか。
そういうのがデートだよね。
大好きな肉料理だけど、大好きなサムギョプサルだけど。
食欲が湧いてこない。
脈、ないのか。。。。
頭の上から声がした。
「ほい」
顔をあげると、目の前に緑の包みが差し出された。
ヒロシくんの顔を見る。
目が合うと、顔いっぱいに笑顔を広げて、もう一度その包みを私の鼻先へ差し出した。
「ほれほれ」
私はゆっくりと口を開けた。
そこに彼の指が滑り込んできて、口いっぱいに美味しいが満ちた。
ふーん。。。。
ヒロシくんの目を見つめながら、ゆっくりゆっくり噛み砕く。
私が食べさせてもらったものには、きっといろいろが含まれている。
ヒロシ。やるな。
私たちはまだ、夜の入り口にいる。
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